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『夢見月に何想ふ』考察|戻りたい「愚かさ」とは?

RADWIMPS考察
この記事は約5分で読めます。

こんにちはnekoloveです。

今回は前回に引き続き、RADWIMPSの
「夢見月に何想ふ」を考察していきます。

今回は「愚かさ」とは?過去との向き合い方に着目してみていきます。

よろしくお願いします。

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はじめに|曲情報

夢見月に何思う『RADWIMPS 2 〜発展途上〜』に収録されている曲です。

2005年3月にアルバムが販売されたので

RADWIMPSが初期のころの曲で
野田洋次郎さんが19歳ごろの時に作った曲です。

spotifyやapple musicなどでは
配信されていないため、
動画視聴サイト等で聞いてみてください

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本題|「愚かさ」に込められた意味とは?

RADWIMPSの「夢見月に何想ふ」には、過去との向き合い方を強く感じるフレーズがあります。

若かりし頃に 戻りたまふと 願わん君の 愚かさに

私はこの「愚かさ」という言葉に
引っかかりを覚えました。

なぜ、過去に戻りたいと願うことが
「愚か」なのか。

考えていくうちに、これは単純に否定しているわけではないように感じました。

この曲には、
「戻りたい」と願ってしまう
人間らしさが描かれている気がします。

過去は変えられません。
どれだけ後悔しても、
戻ることはできません。

それでも人は、
過去を振り返ってしまいます。

「あの時こうしていれば」
と考えてしまう。
今より昔の方が綺麗に見えることもある。

だからこそ、この歌詞の「愚かさ」は、
見下した言葉ではなく、
“戻れないと分かっていても
願ってしまう人間”
への言葉なのだと思いました。

そして私は、この曲の本質は
「過去を許すこと」ではない
と感じています。

むしろ、
「変わらない現実を受け止めようとしている曲」なのではないでしょうか。

忘れたい過去もある。
消してしまいたい記憶もある。

ですが、その過去の積み重ねが、今の自分を作っています。

もし過去を完全になくせるなら、
今の自分も別の存在になってしまうのかもしれません。

だから簡単には切り離せない。

この曲には、
「過去を好きになろう」という
明るさというより

むしろ、

戻りたくても戻れない。
変えたくても変えられない。

そんな現実を見つめ続けているように感じます。

ただ、それでも過去を見つめる。

そして、その記憶の中から、何度も意味を探そうとしている。

人は、過去そのものを変えることはできません。

ですが、過去をどう受け止めるかは変えていける。

この曲は、
過去を美化する歌ではなく、
変わらない過去と共に生きていこうとする歌なのかもしれません。

いい思い出も
忘れたい思い出も
すべてがあなたを作っています。

その思い出を無理に大切だと思う必要はないです。

ただ、いつか、
その思い出をどんな風に思えるのか
後になって再び時相まみえた時

自分にとってどんな色になっているのか
どんな存在となっているのか

そんな先のことを考えながら、
過去を受け止め今を生きてみましょう

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曲から学ぶ!古文用法3選

  1. 若「かりし頃」
  2. 戻り「たもふ」
  3. 願「わん」

1.「若かりし頃」
まず「若かりし」は、古文の助動詞「き」が使われています。
「き」は、
過去の経験を表す助動詞です。

つまり「若かりし頃」は、

「かつて若かった頃」
「過去に存在していた時間」

という意味になります。

単なる「若い頃」よりも、
もう戻れない過去”という響きが強くなっているように感じます。

2.「戻りたまふ
たもう(給う)」は、古文で使われる敬語表現です。

本来は、

  • 「〜なさる」
  • 「お〜になる」

という尊敬の意味があります。

ただ、この曲では単純な敬語というより、
少し距離を置いた、
古風な響きを作る役割が
強いように感じます。

つまり「もどりたもう」は、

「戻ろうとなさる」
「戻ろうとしている」

という意味に近いです。
普通に「戻りたい」という思いと、
どこか客観的で、曲の「僕」を俯瞰している第三者的視点があり、
諭されているようですね。

3.「願わん
〜ん」は、古文では”意志や推量”を表す表現です。

現代語にすると、

  • 「〜しよう」
  • 「〜だろう」

に近い意味になります。

この場合の「願わん」は、

「願おうとする」
「願ってしまう」
また単に「願う」

という願望の意味に近いです。

以上を踏まえてこの曲のフレーズを読み解くと
若い頃に戻ろうと願ってしまう君の愚かさは、、、
となります。

現代語より古文の用法を使った方が
現在と過去の距離感
・時間の流れ
・もう戻れないものへの感覚

といった、時、過去に対する切ない印象が強調されているように感じます。

そしてこの曲での第三者的視点の存在もより明白になりそうですね。

まとめ

今回は夢見月に何想ふの
愚かさとは何かについて考えてみました。

解釈は十人十色です。あなたの解釈と違っても、こういう視点もあるのかと受け止めてください。

自分で曲を考察してみるととても楽しいと思います。

最後まで読んでいただきありがとうございました。

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